インタビュー

福田雅さん インタビュー

2017.11.14

公認会計士と投資銀行マンの経験からサッカーの世界へ

当「Interview」は志を持ち活動する方、とことん何かに打ち込む方、インタビューを通じ、そんな魅力あふれる公認会計士のストーリーに迫ります。

さて、第5回目は、みずほ証券 投資銀行本部 マネージングディレクターの福田雅さんです。

福田さんは、みずほ証券 投資銀行本部 マネージングディレクターで現在投資銀行マンとして働く傍ら、東京ユナイテッドFCという、2020年に東京23区内をホームタウンとする初のJクラブを目指すチームの共同代表も務められています。東京ユナイテッドは、ビジネス部門として、弁護士法人、税理士法人、コンサルティングファームを運営するという通常のサッカークラブにはない、ビジネスと融合した、ある種、異色なサッカークラブとして、業界から注目を浴びている存在です。このような様々な功績が認められ、2016年には(公財)日本サッカー協会の最年少監事にも選出され、現在も精力的に活動されています。

今回、日本公認会計士協会東京会青年部では、福田さんがどのような思いでこれまで業務に取り組んできたのか、そして、今までをどう振り返り、今後どのようなビジョンを描いているのか、お伺いしました。インタビュアーは宮本・成瀬・八木・髙木(以下、青年部)でお送り致します。

image5

 

福田さんのご経歴

1991年 都内私立中学校退学(素行不良により)
1994年 暁星高等学校卒業
全国高校サッカー選手権大会出場
2000年   東京大学経済学部経済学科卒業
東京大学ア式蹴球部に所属(四年時に主将を務める)
2002年   公認会計士試験合格
税理士法人中央青山(現、税理士法人プライスウォーターハウスクーパース)入社
2005年   日興シティグループ証券株式会社入社
2006年   東京大学ア式蹴球部監督就任
2010年   社会人チーム慶應BRB再結成に参画
2013年   同チーム監督就任
2015年   一般社団法人CLUBLB&BRB創設、代表就任
2015年   みずほ証券株式会社入社
現在、投資銀行本部コーポレートファイナンスアドバイザリー部に所属
マネージングディレクター
2016年   公益財団法人日本サッカー協会(JFA)監事就任

 

会計士になったきっかけについて教えてください。

大学時代、私は東大の学生の中では決して能力が高くないと感じていました。私の友人もあまり優秀そうには見えなかったのですが(笑)、就職活動が始まるとみんな本気を出してきましたね。話をしても自分の知らない内容を話すので、みんな優秀に見えました。その中で、「自分はこれについては誰よりも理解している」という確固たるものがないと他の学生たちと戦えないと思い、専門的なスキルを手に入れて他の人たちと差別化をしたいと考えるようになりました。

就職先として一般の会社も考えましたが、日本の会社って新入社員を一括で採用し年次別に研修を用意するなど、社員の成長を会社が管理しているんですよね。私は、自分の成長を会社に委ねるのではなく、自らキャリアをデザインし、日本社会が想定するよりも短いスパンで自分の人生を自分でプロデュースしていきたいと考えていたので、結局、普通の就職はやめました。

しかし、自分の人生をプロデュースするためには、何か拠り所がほしい。私は会計のゼミに所属していたので、その拠り所を会計の知識と考え、会計の専門家である会計士を目指しました。

会計士試験合格後は、周りの合格者はみんな監査法人に就職したので、私はあえて通常会計士が選択しない税理士法人に就職しました。更に、2005年、当時の3次試験(現在の終了考査)を受験する前に税理士法人から日興シティグループ証券株式会社(現シティグループ証券株式会社)に転職しました。金融マンとしての経験がなかったので新卒と同じ待遇で採用されました。

 

今までで一番苦しかった経験について教えてください。

日興シティグループに勤めていた期間が一番厳しかったですねやはり、新しいキャリアに変わったばかりの期間は非常に厳しい。私は主にデリバティブ商品の営業だったのですが、この世界は弱肉強食の世界。営業実績がないと社内(ストラクチャリング部門)の人たちもまともに相手にしてくれません。業績が上がらないと上からのプレッシャーも半端ないですし、お客さんが損するようなものを売ってまで業績上げようとは考えなかったので、本当に営業マンは向いてないと思ってましたね。あの頃は、毎日辞めようと考えていました。しかし、上司から花開くまで我慢しろと言われたので会社に残れました。今から考えると本当にいい上司に恵まれたと思ってます

その後、億単位の注文をとると周りの評価がガラッと変わりました。社内の対応も変わり、自分の要望も社内で通るようになりました。しかし、私は営業には向いていないと思っていたので、営業からストラクチャリング部門に移りました。その矢先にリーマンショックが発生。リーマンショックのせいで、仕事ができる先輩も含めチームのメンバーがみんなクビになってしまったんですが、私は年齢の割に給料が安く(会社から見ればコストが低く)、また会計士でもあったので、私だけクビにならずに済みました。

リーマンショックの影響で日本経済が低迷する中、2009年10月に米シティグループが日本の投資銀行事業を三井住友フイナンシャルグループ株式会社(以下、SMFG)へ売却したため、自分もSMFG傘下の日興コーディアル証券株式会社(現SMBC日興証券株式会社)に移籍することになりました。

SMFG含む日本のメガバンクは金融市場における巨大な資金調達主体です。日興コーディアル証券では、金融機関の金融市場からの調達に係る専門家がいませんでした。しかも、導入が予定されていた新しい規制(バーゼル3)を知る人もいませんでした。そのため、東大出身の公認会計士で、経歴だけは賢そうに見えた私に、親会社であるSMFG担当者として白羽の矢が立ちました。その仕事がどれだけ過酷なものかは言葉では表せません。

この時期を含め、30代半ばから40代にかけて周りから自分に対しての信用の連鎖が起こり、仕事が飛躍的に増えました。具体的には、国内電力会社の公的資金注入に係るアドバイザー案件を手掛けたり、当社として初の国内大手生保劣後債発行に係る引受事務主幹事(通称:トップレフト)を獲得したりと、投資銀行マンとしてのバリューを上げることができたと思います。

前々から、この仕事を40歳で辞めてサッカーの世界で生きようと思っていたので、実際に、40歳を迎える2015年の1月にフットボールクラブ(東京ユナイテッドFC)を立ち上げましたしかし、あえて投資銀行マンとしてのキャリアアップにもチャレンジしたいと思い、金融業界からの引退を先延ばし、2015年10月にみずほ証券に移籍しました。

 

サッカー業界に進出した経緯について教えてください。

投資銀行マンとして働き始めてから、仕事のほかに一生情熱を傾けられる(自分が必要とされる)ものは何か、と考えるようになりました。自分にはビジネスとサッカーしかないと思ったので、サッカーに関する新しい事業を模索しました。

新しい事業を始めるためにまずは現場を知ることだと思い、高校時代の恩師にお願いして暁星高校サッカー部のコーチになりました。そこでは、サッカーだけでなく将来のキャリアプランについても高校生に教えてましたね。その甲斐もあってか(?)、自分以来16年ぶりに暁星高校サッカー部から東大への合格者を出しました。

日本のスポーツ文化は学校の部活動によって形作られてきましたが、教師の負担等の問題もあり、今後スポーツを通じての教育の場は各地域のクラブにシフトしていくのではないかな、と考えています。しかしながら、そのような日本のスポーツ文化形成の経緯から、スポーツに関するインフラは通常学校が持っていて、今のところ地域にはスポーツ活動のためのインフラが整っていない場合が多いのです。そこで、学校の部活文化を担ってきた慶應義塾大学や東京大学といったインフラを持っている大学を巻き込んでサッカークラブを立ち上げようと考えました。

2010年、現在も共同代表を務める人見とともに社会人チーム慶應BRBを再結成し(東大は慶應に比して弱過ぎるので僕一人が慶應の仲間に入れてもらいました)、2013年に当クラブの監督に就任しました。慶應BRBはサッカー天皇杯最多優勝回数を誇る伝統あるクラブチームであるにも関わらず、東大出身の私を監督に据えてくれました。慶應BRBの皆さんは本当に懐が深いなと思います。

2015年にクラブを地域のクラブとして完全オープン化し、地元文京区のフクダ電子株式会社のご支援のもと活動を開始しました。翌2016年、J5に相当する関東1部リーグ昇格を決めるとともに、将来は東京を代表するビッグクラブになることを志し、クラブ名を「東京ユナイテッドフットボールクラブ(東京ユナイテッドFC)」に改めました。さらに2017年には、みずほフィナンシャルグループ(以下、みずほFG)をスポンサーに加え、東京オリンピックのある2020年にJリーグに昇格することを目標としています。

クラブチームとしての活動以外でも、日本サッカー協会(以下、JFA)田嶋会長の推薦により、JFAの監事に就任しました。会計士という資格が大きかったと思います。偶然にもみずほFGはサッカー日本代表のサポーティングカンパニーであるので、みずほFGは「サッカー日本代表」と「東京ユナイテッドFC」の2つのサッカーチームを応援してくれているということです。実際に、大手町タワー地下一階のATMコーナーには「東京ユナイテッドFC」のユニフォームが「サッカー日本代表」のユニフォームと並んで飾られています。こうして考えると、サッカー人、東大卒、投資銀行マン、そして公認会計士という多様なキャリアが役に立ったのかなと思います

 

今のサッカー界の問題点は何ですか?

Jリーガーが解雇される平均年齢ってご存知ですか?だいたい25歳くらいなんですよ。サッカー一筋で生活してきたので、解雇された後は社会人としての経験が無いという理由で一般の会社では雇ってもらえない。選手を終えた後のフォローが無い状態で一般社会に放り出されてしまっています。

私たちのクラブでは、選手の将来のことも考えるようにしています。選手を獲得する際にも、サッカーの技術だけではなく、人間性や将来のビジョンも考慮しています。スポンサーに挨拶回りする際にも、選手を同行させて選手にビジネスマナーを仕込んでいます。その結果、スポンサー企業に就職できた選手もいます。今後はそのような事例を増やしていき、選手の引退後もフォローできるようにしていきたいですね。

他にも「東京ユナイテッドFC」はビジネス部門として税理士法人を有しており(サッカークラブと合わせて「東京ユナイテッドグループ」と総称)、そこを選手の職業訓練の場にしていく予定です。

日本のサッカー界の経済規模は他の国と比べてもまだまだ小さいですね。例えば、日本とスペインを比較すると、日本のGDPはスペインの約3倍にも関わらず、Jリーグで一番売り上げの大きい浦和レッズの売上高が約60億円に対しスペインリーグの名門FCバルセロナの売上高は日本円に換算して600億円を優に超え10倍以上の開きがあります。この差を定量面から精緻に分析する人がいないんです。両クラブの決算書を比較してこの開きの要因を検討する人がいないんですよ。

また、イングランドプレミアリーグの場合、オックスフォード大学やケンブジッジ大学出身のエリートビジネスマンがサッカークラブを経営しています時には、彼らが複雑なスキームを組んでスタジアム新設のための多額の資金を調達してくるんですよ。日本でスポーツ産業を大きくするためには、このようなビジネスマンが必要だと思っています。

このような現状の中で、会計士がサッカー界で活躍できる場所は数多くあると思います。しかし、会計士がサッカー界で活躍をしたいと考えるならば、サッカー界から収入を得られる体制にしなければならないと思います。関与する者が収入を得なければ産業として成立しないと思っていますので。もっと言うと、その家族をも安心して養えるという業界でなければ真の産業とは言えませんね。

 

 

image4

 

 

現在やっていて一番楽しいことは何ですか?

クラブの運営ですね。土日もクラブ運営に携わっているのでほとんど家にはいないですね(笑)。仕事とプライベートもどちらも自分の人生なので、これらを分けて考えるのはナンセンスだと思っています。そもそも、サッカークラブの運営には勝ち負けの興奮だけではなく、ビジネスの要素がふんだんに含まれています。アスリートマインドを持ったビジネスマンにとって、こんな面白いものはありません。

やってみたいと思えば、どんなことでもキャパがパンクするまで背負っていきたいと思っています。いま、4つのサッカーチームの監督をしています。土日もないですが、やりたいことをやってるから気にならないですね。若いうちはやりたいものがあったらどんどん背負い込んだほうがいいと思います。自身の金と時間と情熱を徹底的に投資しないと大きな喜びは得られません

 

普段心掛けていることについて教えて下さい。

二つありますね。

一つは、明るく楽しく元気よくいること。人を妬んだり羨んだりしない。裏を返すと、他人に羨ましがられるような日々充実した人生を送りたいということであり、そうあるように日々努力し続けるということです。

もう一つは、周りの人への感謝の気持ちを持つことです。日々周りの人に助けられていることは言うまでもないのですが、そもそも人間は生まれた瞬間からオリジナルのものなんてなくて、成長する過程で自分に真剣に関わってくれた人たちの影響を受けた結果として今の自分があると思うのです。中学校を退学して落ちこぼれた後に人生をやり直すことができたのもそんな周りの人達のおかげです(笑)。

 

究極的な夢や希望(及び、今、挑戦していること)を教えて下さい

夢って言葉は好きではないけど、毎日何かに没頭して楽しければいいと思っています。生涯現役で何かに向かって走っていたいな、と。強いて何を成し遂げたいかと言われれば、日本社会におけるスポーツのステイタスを上げていきたいと考えています。

僕自身がサッカーに救われ、サッカーに育てられました。そんなサッカーに、スポーツに恩返ししたいです。

スポーツは勉強に比べてステイタスが低いですよね。たとえば、子供の教育に関し、学習塾には月何万円も払いますが、サッカー教室には月数千円しか払わない。サッカーにはとても多くの学びがあるのに

そんな社会の実情を打破すべく、スポーツの価値を自分なりの言葉と行動で伝えていくのが僕のライフワークです。その結果、いつかスポーツ業界というものが多額の教育費を投資する程重要な位置づけとなってほしいですね。

 

これから会計士に求められる役割を教えてください(若手会計士へのメッセージもお願いします)。

せっかく会計士という資格を取ったのならば、周りから求められる人材になってほしい思います。

会計士だけの集団の中にいたら自身の価値に気付かないと思うので、会計士ばかりの環境から一度外に出ることをお勧めします。外に飛び出した直後は、おまえ会計士なんだろ」という周囲の要求に応えられず、いわゆる期待ギャップが生じてしまいます私も東大卒、公認会計士ということで周囲からの期待ギャップに悩みました

しかし、それを乗り越えると見えてくる景色があります身を守るために取得した資格を一度捨ててみるということです。私も、会計士という資格を捨てて投資銀行マンとなり、運よく投資銀行マンとして成果を出すことができた結果、今の自分があります。会計士という資格に頼らず生きていけるという自信がある一方で、会計士であることの価値も十分に知ることができました。

会計士の資格を持つものとして、社会に必要とされる人材になってください。どんな形でもかまいません。必要とされることほど人生の喜びはないと思うので

 

【参考】
東京ユナイテッドFC チーム概要
http://tokyo-united-fc.jp/team